なぜ国立大学で不正は起きるのか? ー 東大事件から考えるガバナンスの限界

日本の最高学府である東京大学。その名は、長年にわたり「知の象徴」として国内外から高い信頼を集めてきた。


しかし2026年、その信頼を大きく揺るがす事件が明らかになった。

大学の研究講座設置をめぐり、教員が外部団体から接待や金品を受け取ったとして贈収賄容疑で起訴されたのである。

研究と社会を結びつける「産学連携」は、本来、医学や科学の発展に欠かせない仕組みだ。だがその一方で、資金や利害が絡むことで、透明性や倫理が揺らぐ危険性も常に内在している。今回の東大事件は、まさにその構造的な弱点を浮き彫りにした。

なぜ、日本を代表する大学でこのような不正が起きたのか。


個人のモラルの問題だけで片づけてよいのだろうか。


そこには、大学組織そのものが抱えるガバナンスの限界や、産学連携の制度設計の歪みが存在しているのではないか。

本記事では、東大贈収賄事件の概要を整理しながら、大学という組織で不正が生まれる背景、そして研究と社会の信頼を守るために何が求められるのかを考えていきたい。

今回の事件だけでなく、東大病院だけでなく、国立大学病院では多くの問題が露見している。

朝日新聞 社説:東大病院汚職 露呈したずさんな管理

 東京大医学部付属病院の皮膚科の元教授らが収賄容疑で逮捕、起訴された。

 この事件をめぐり東大の藤井輝夫総長が先月開いた記者会見では、1年半にわたり高級飲食店や風俗店で定期的に接待を受けていたという調査結果が示された。ただ、会見を聞いてもなお疑問は残る。

 汚職の舞台となったのは、外部資金で公共性の高い課題の共同研究に取り組む「社会連携講座」だ。2022年、元教授から設置申請が出され、審議では「宣伝・広告に利用されるのではないか」との懸念が示された。元教授は「利用しないと誓約させる」と答えたが誓約書は提出されないまま、医学部教授会で設置が承認されていたという。

 研究の相手方となる団体からは23年からの3年間で約2億円の資金が支払われるはずだった。だが、24年秋にこの団体の代表(贈賄罪で起訴)から接待をめぐる内部通報があるまで、振り込みがないことに気づいていなかったという。ずさんな資金管理だったと言わざるを得ない。

 研究不正は確認されていないというが、この団体のホームページには東大や東大病院のロゴが多数用いられ、元教授がユーチューブの番組に出演するなど蜜月な関係にあったことがうかがえる。

 東大病院では昨秋にも医療機器メーカーへの便宜を図る見返りに寄付金名目で賄賂を受け取ったとして、整形外科医が逮捕、起訴された。

 医師と企業の癒着による不祥事は繰り返し起きている。利益相反や資金管理に関する指針が整備され、法令順守の取り組みも強化されている。

 一方、多くの大学が資金難に直面し、国から産学連携が奨励され、外部との共同研究は増えている。なかには大学の知名度を宣伝に利用しようとする思惑もあろう。癒着を生む構造は根強く存在する。

 東大は今、「国際卓越研究大学」の認定をめぐる審査中で、審査する側から「新たな不祥事が生じたと判断された場合、審査を打ち切る」との意見も出ている。事件を受けたアンケートで、医学部以外でも高額接待を受けていた例が3件あったという。規範意識の欠如が大学全体に広がっていないか検証が不可欠だ。

 大学では、連携講座のチェック体制の強化、医学部や病院の抱える閉鎖的な組織風土の見直しを進めるという。再発防止と信頼回復のためには、大学自体が真に社会に開かれた存在になる必要がある。会見を1回開いて終わりではなく、今後も情報公開や説明責任を果たしていくことを求めたい。

第1章:なぜ事件は起きたのか 性接待事件から考える

今回の事件を、「一部の教授のモラルの問題」とだけ片づけるのは簡単です。
しかし、それだけで本当に説明できるのでしょうか。

大学、とくに国立大学や大学病院には、独特の組織文化があります。

そのため、上の立場の人に対して「それはおかしい」と声を上げることは簡単ではありません。
たとえ違和感を覚えても、内部からブレーキをかける仕組みが機能しにくいのが現実です。

さらに、大学病院の現場は忙しく、慢性的な人手不足や長時間労働が続いています。
余裕のない環境では、組織の問題を冷静に見直す力も弱まります。
上下関係が強い環境では、パワハラ気質が温存されやすく、「上の決定は絶対」という空気が生まれがちです。

しかし、「資金を持ってくる人が正義」という価値観が強くなりすぎると、判断が甘くなる危険があります。
利益相反の線引きが曖昧になり、いつの間にか距離が近づきすぎてしまう。

今回の事件は、こうした構造が積み重なった結果として起きた可能性があります。

つまり問題は、個人だけではなく、
声を上げにくい組織文化と、チェックが働きにくい制度にあるのです。

大学は「知の拠点」です。
だからこそ、高い倫理と透明性が求められます。

この事件は、私たちに問いかけています。
今の大学の仕組みは、本当に不正を防げる構造になっているのか――と。

第2章:これだけではない!? 国立大学の闇

今回の東大事件は衝撃的だったが、実は「大学の不祥事」はこれが初めてではない。
過去にも、国立大学や大学病院の教授が不正や事件で社会を騒がせた例は少なくない。

札幌医科大学 外科 教授 竹政伊知朗 

手術室で怒声「このクソアマ!」 パワハラ教授が曲げた私の医師人生(朝日新聞)

九州大学病院長 肝胆膵外科 教授 中村雅史先生

九大病院長、経費不正関与で辞任意向…出張延泊のため架空ミーティングの文書作らせ宿泊費を不正受給 (読売新聞オンライン)

千葉大学 消化器内科 教授 加藤直也先生

千葉大、教員を懲戒解雇 「刑法犯に該当する行為」 (チバテレ)

これだけでなく、他にも色々事件は起きています。時代の変遷に伴い、以前は見過ごされていたことも公になるようになったのでしょう。

事件にはなっていませんが、パワハラまがい、もはや正真正銘のパワハラが国立大学では起きています。以前よりは少ないものの、入局員、コメディカル、秘書、今回の事件のように会社など多くの方がパワハラ、セクハラの被害を受けていると思われます。

では、なぜ大学という知的組織でこうした問題が繰り返されるのか。

一つの要因は、「教授という地位の強さ」だ。
教授は研究費、人事、予算、評価を握る強い権限を持つ。その一方で、企業のような厳格な監査や外部チェックが十分とは言えない場合も多い。
権限は大きいのに、監視は弱い。このアンバランスが、不正の温床になり得る。

さらに、大学特有の閉鎖性も影響している。
講座や医局単位で人間関係が固定化し、外部から見えにくい「小さな組織」が形成される。そこでは独自のルールや空気が生まれやすく、不適切な行為が長年見過ごされることもある。

そしてもう一つ見逃せないのが、「内部告発の難しさ」だ。
上下関係の強い組織では、内部から声を上げることは大きなリスクを伴う。キャリアへの影響を恐れ、問題を知っていても沈黙せざるを得ない状況が生まれる。

こうした構造の中で、不祥事は繰り返されてきた。
今回の東大事件は決して特殊なものではなく、大学という組織が抱える課題を象徴する出来事とも言えるだろう。

大学は社会から高い信頼を与えられている。
その信頼の上に研究や教育は成り立っている。

だからこそ問われているのは、
大学という組織は本当に自らを律することができるのか――
という根本的な問題なのである。

まとめ

今回の東大贈収賄事件は、単なる一大学の不祥事ではない。
日本の大学、そして医療・研究機関全体が抱える構造的な課題を浮き彫りにした出来事だったと言える。

強いヒエラルキー、閉鎖的な組織文化、外部資金への依存、そして十分とは言えないガバナンス。
こうした要素が重なれば、不正はどの大学でも起こり得る。
それは決して特別な場所の特別な人物だけの問題ではない。

大学は「知の拠点」であり、社会から最も高い倫理性を求められる組織の一つだ。
とりわけ医療や研究に関わる人間は、人の命や社会の未来に直結する仕事を担っている。だからこそ、その信頼は何よりも重い。

今回の事件を他人事として消費するのではなく、
なぜ起きたのか、どうすれば防げるのかを社会全体で考える必要があるだろう。

透明性の高い組織運営、利益相反の厳格な管理、そして内部から声を上げられる環境づくり。
こうした仕組みが整って初めて、大学は本来の役割を果たすことができる。

信頼は、一度失えば取り戻すのに長い時間がかかる。
しかし同時に、過去の失敗から学び、より良い組織へと変わっていくこともできるはずだ。

今回の事件が、大学という存在のあり方を見直す契機となることを願いたい。

KOY

KOY Blog:禿げる理由!!医学的にミノキシジルとは??本当に生える?