
ちょっとした“ふんばり”が命取り?
「最近、足の付け根にふくらみがある」「排便後、お腹のあたりに違和感がある」「力仕事をしてから、ポコッと何かが出るようになった」──。
そんな症状を訴える患者さんが、外科外来にはよくいらっしゃいます。その正体は、「ヘルニア」であることが非常に多いのです。
「ヘルニアって聞いたことはあるけど、よくわからない…」「ぎっくり腰の仲間?」そんな疑問を持っている方も多いのではないでしょうか。
今回は、外科医の視点から、ヘルニアとは何か、なぜお腹に力を入れてはいけないのかを、わかりやすく解説していきます。


第1章:ヘルニアってどんな病気?

「ヘルニア(hernia)」とは、臓器の一部が本来あるべき場所から飛び出してしまう状態のことを指します。
もっと具体的にいうと、お腹の中にある腸などの臓器が、腹壁の“すき間”や“弱くなった部分”から外に飛び出してくる病気です。
◾️代表的なヘルニアの種類
- 鼠径(そけい)ヘルニア:足の付け根(鼠径部)にできるヘルニア。成人男性に多く、「脱腸」とも呼ばれます。
- 臍(さい)ヘルニア:おへその部分が腫れて出てくるタイプ。乳児に多いですが、成人にも見られます。
- 腹壁瘢痕(ふくへきはんこん)ヘルニア:過去に開腹手術を受けた部位から腸が飛び出すもの。術後の合併症として注目されています。
◾️症状は?
- 腫れやふくらみ(立つと出てきて、寝ると引っ込む)
- 押すと戻るが、しばらくするとまた出てくる
- 痛みや違和感(ときに無症状も)
- 急に激痛が出て、吐き気や嘔吐を伴う場合は**「嵌頓(かんとん)」**という緊急状態です


第2章:なぜ“お腹に力を入れる”といけないの?

ヘルニアと密接に関わっているのが「腹圧(ふくあつ)」です。これは、お腹の中の圧力のこと。咳やくしゃみ、いきむ、重いものを持つ…といった動作で腹圧は急激に上がります。
◾️腹圧が高まるとどうなる?
人間の腹壁(お腹の壁)は筋肉や膜などで構成されていますが、弱くなっている場所があると、腹圧によって内臓がその部分から押し出されてしまいます。
これがヘルニアの発症メカニズムです。
つまり、**「お腹に力を入れること=ヘルニアを悪化させるリスク」**となるのです。
◾️具体的にこんな動作は注意!
- 排便時の強いいきみ
- 咳やくしゃみ(特に長引く咳)
- 重い荷物を持ち上げる
- 腹筋などのトレーニング
- 長時間の立ち仕事や重労働
特に手術後の患者さんや、すでにヘルニアの兆候がある方は、これらの動作に注意が必要です。

第3章:ヘルニアになりやすい人の特徴
では、どんな人がヘルニアになりやすいのでしょうか?
以下のような要因が、腹壁の弱さや腹圧の上昇に関与しています。
◾️高齢者
年齢とともに筋肉や組織は弱くなります。腹壁も例外ではなく、高齢になると自然とヘルニアのリスクが上がります。
◾️手術歴がある人
開腹手術をしたことがある方は、手術創が“腹壁の弱点”になります。術後しばらくしてから発症する「腹壁瘢痕ヘルニア」はその代表です。
◾️男性
鼠径ヘルニアは特に男性に多く、精巣が通る「鼠径管」という構造がリスクになります。40代以降で増えてきます。
◾️腹圧がかかりやすい人
- 肥満:内臓脂肪が多いと腹圧が常に高め
- 慢性便秘:いきむ機会が多い
- 慢性咳嗽(咳が長引く状態)
- 前立腺肥大:排尿時に腹圧をかけることが多い
これらの条件が複数重なると、よりリスクが高まります。

第4章:どうすれば予防できる?手術後も注意!
ヘルニアは予防が重要です。一度できてしまうと自然には治りません。日常生活の中で腹圧のコントロールを意識しましょう。
◾️便秘予防は最優先!
- 食物繊維をしっかりとる(野菜・果物・海藻)
- 水分を多めに摂取
- 適度な運動で腸の動きを促す
◾️咳・くしゃみの予防
- 風邪やインフルエンザの予防(マスク・手洗い)
- 喘息・COPDなどの持病管理
◾️重いものを持つときは
- 膝を使って持ち上げる
- 腹帯やサポーターを使用(医師に相談を)
◾️術後患者さんへ
開腹手術を受けた方は、退院後しばらくの間、重い物を持たないように指導されます。手術の傷は見えなくても、内側の癒着や筋膜の修復には時間がかかります。 焦らず、医師の指示に従いましょう。

第5章:手術が必要になるのはどんなとき?

ヘルニアは「薬で治る」病気ではありません。
◾️基本的には外科的手術が必要です
- 小さいうちであれば、日帰り手術も可能
- 鼠径ヘルニアではメッシュ法という再発の少ない術式が主流
◾️緊急手術になるケース
- 腸が飛び出して戻らなくなった(嵌頓)
- 腸閉塞や壊死のリスク
- 腹痛・嘔吐・発熱などがあるときは即病院へ!
「まだ大丈夫」「痛くないから様子を見よう」と放置してしまうと、命に関わるケースもあります。

【まとめ】“ちょっと腫れてるだけ”を甘く見ないで
ヘルニアはよくある病気ですが、放置すると危険な病気でもあります。
初期は症状が軽くても、突然重症化する可能性があります。
お腹のふくらみ、足の付け根の違和感、術後の腫れなど、体のサインに気づいたら、早めに外科を受診しましょう。
また、すでにヘルニアの既往がある方や、手術を受けたばかりの方は、“お腹に力を入れすぎないこと”が最大の予防策です。
あなたの体を守るのは、日々のちょっとした気づきと、早めの行動です。
KOY
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