
2025年の大阪・関西万博。PASONAパビリオンに登場したのは、なんと「動く心臓」。
しかも、本物の心臓ではなく、iPS細胞から作られた心筋が、実際に拍動していたのです。
本当に多くの来場者がその不思議な展示を前に足を止め、息をのんで見つめていました。
これは単なる見せ物ではなく、再生医療の最前線を体感できる貴重な展示。
この記事では、「iPS心臓」とは何か、どんな仕組みで動いているのか、そして未来の医療にどうつながっていくのか、解説していきます。

第1章:iPS細胞ってなに?

まず、「iPS細胞」とは何でしょうか?
iPS細胞(induced Pluripotent Stem cell:人工多能性幹細胞)は、2006年に山中伸弥教授(京都大学)らによって開発された、**どんな細胞にも変化できる能力を持つ“夢の細胞”**です。
皮膚などから採取した体細胞に特定の因子を導入することで、胚性幹細胞(ES細胞)と似た性質を持つ細胞に初期化できます。
これにより、患者自身の細胞から心臓、肝臓、神経、網膜など様々な細胞や組織を作れるようになり、拒絶反応のない移植医療が現実味を帯びてきたのです。

第2章:「iPS心筋」はこうして作られる

では、どうやって心臓の筋肉「心筋」を作っているのでしょうか?
以下の表は、iPS細胞から心筋シートが作られるまでの大まかな工程です。
工程 | 内容 |
---|---|
① iPS細胞の作製 | 患者またはドナーの体細胞からiPS細胞を作製 |
② 心筋細胞への分化誘導 | 特定の培養液・因子を使って中胚葉、さらに心筋細胞へ誘導 |
③ 心筋シートの形成 | 心筋細胞を培養皿でシート状に育成(細胞同士が接着) |
④ 拍動の確認 | 自発的に拍動する心筋シートの完成 |
⑤ 展示へ | 温度・酸素・栄養条件を管理しながら展示用カプセルに収容 |
この“心筋シート”は、厚さわずか0.1mmほどの薄い層でありながら、数百万個の心筋細胞が互いに連携して収縮運動(拍動)を繰り返します。
まるで命が宿ったように、一定のリズムで動き続けるその様子は、訪れる人々に強い印象を与えています。

第3章:今の技術レベルと課題点
iPS細胞から作られた心筋は、まさに未来医療の希望。しかし、現時点ではまだいくつかの課題も存在します。
項目 | 現状の課題 |
---|---|
成熟度 | iPS由来の心筋は胎児レベルの未熟さがあり、成人の心臓と比べて機能が劣る |
安全性 | 分化が不十分だと未分化iPS細胞が残り、腫瘍化リスクがある |
免疫適合性 | 他人由来のiPS心筋では免疫拒絶の可能性がある |
スケール | 治療用に必要な細胞量を安定的に大量生産するのは難しい |
コスト・規制 | GMP(製造管理・品質管理基準)に沿った製造体制が必要で、高コスト |
とはいえ、これらの課題も徐々に解決に向かっています。
近年では電気刺激やメカニカルストレッチ、バイオリアクターを使った成熟化が進み、成人心筋に近い電気的・構造的性質を持たせる研究が報告されています。

第4章:万博展示の意味

大阪・関西万博におけるこの展示は、単なる科学の紹介ではありません。
「未来の医療はここまで来た」
「命を人工的に作り出すとはどういうことか」
「科学は私たちの生活をどう変えるのか」
こうした問いを、目で見て、肌で感じることができる稀有な機会なのです。
展示に関わる企業「クオリプス」や研究者たちは、心筋シートの展示を通じて、**科学技術の“見える化”**を目指しています。
iPS細胞に対してよくある誤解(「万能細胞=なんでもできる魔法の細胞」)を解消し、医療の進歩を一般の人々にもわかりやすく届けようとしているのです。

第5章:医療応用と未来の展望
展示はあくまで入口に過ぎません。
iPS心筋は、心不全や心筋梗塞後の治療など、さまざまな臨床応用が期待されています。
✔ 心筋シートによる心臓再生治療
すでに2019年には大阪大学がiPS由来心筋シートの移植治療の臨床試験を開始。梗塞でダメージを受けた部位にシートを貼り付け、ポンプ機能を改善するというものです。患者自身のiPS細胞を使えば免疫拒絶も抑えられます。
✔ ドラッグスクリーニングや創薬への応用
また、iPS心筋細胞は創薬にも応用されています。ヒトの心筋を模したモデルとして使えば、新薬の効果や副作用の検証がリアルに行えるようになります。動物実験だけではわからなかった心毒性の検出にも有効です。
第6章:来場者の声と社会的インパクト
展示会場では多くの来場者が「これが本当に細胞だけで動いてるの?」と驚きを口にします。中には「涙が出た」と話す人も。命の神秘、科学の力を**「見る・感じる・驚く」**ことで、テクノロジーへの理解が深まるのです。
また、科学教育の観点でも非常に意義ある展示です。
中高生や子どもたちにとって、教科書ではなく実物で「未来の医療」に触れる機会は貴重です。
「医療者を目指したくなった」という感想も少なくありません。

まとめ:動くiPS心臓が見せる未来
iPS細胞から生まれた“心筋”が、万博の会場で今日もリズムを刻んでいます。
それは、未来の再生医療を先取りする展示であり、科学が命にどこまで迫れるのかを示す象徴でもあります。
科学技術は、人間の可能性を広げ、病気に苦しむ人々に新たな希望をもたらします。
そして、その最前線にあるのが「iPS心筋」です。
ぜひ万博を訪れた際は、この“動く命”を目の当たりにしてみてください。
自分の感想としては、
「山中先生がノーベル賞を取ってから10年以上が経過したが、まだ動きが弱いんだなあ」
という印象でした。
今回は実際にiPS細胞を見れたことが本当に感動的でした。
私たちの分野である消化器の癌では、生存率の低い病気も多々存在します。
現在の治療はかなり進んでは来ていますが、限界があるのも大きな事実です。
今後私たちの臨床の場にiPS細胞治療が食い込んでくる日を心待ちにしています。
KOY
当ブログ記事:いびき医療
補足リンク・参考資料
- 大阪・関西万博「iPS細胞による未来の医療」展示詳細(大阪府公式)
- Nature Communications 2024: 攪拌式培養でのiPS心筋大量生産プロトコル
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)公式サイト
- iPS心筋移植の臨床試験(大阪大学・2019)


