
2026年3月26日の夜、東京・池袋のサンシャインシティ内にあるポケモンセンターで、痛ましい事件が起きました。店員の春川萌衣さん(21歳)が、元交際相手の広川大起容疑者(26歳)に刃物で刺され、命を落としました。広川容疑者もその場で自らの首を刺し、二人とも死亡が確認されています。
二人は以前交際していましたが、昨年7月に別れています。
その後、広川容疑者が春川さんに付きまとう行為を繰り返し、昨年12月には春川さんが警視庁に「別れた元彼が付きまとってくる」と相談。
警察官が春川さんを自宅に送り届けた際、家の前に広川容疑者がいたことからストーカー規制法違反の疑いで逮捕されていました。広川容疑者は「復縁したかった」と供述し、レンタカーからは果物ナイフが見つかり「自殺を考えていた」と説明していたといいます。
一度は逮捕されながらも、最悪の結末を迎えてしまったこの事件。多くの方が衝撃を受けたのではないでしょうか。このブログでは外科医師としてですが、この事件をきっかけに「ストーカーの心理」について考えてみたいと思います。

ニュース:容疑者、女性ストーカーで逮捕歴 池袋刺殺、警察に相談も

東京・池袋の商業施設「サンシャインシティ」の店舗で男に女性が殺害された事件で、警視庁は27日、男は住所、職業不詳の広川大起容疑者(26)で、女性は東京都八王子市のアルバイト春川萌衣さん(21)と明らかにした。警視庁によると2人は元交際関係で、以前に春川さんから相談を受けた警視庁が容疑者をストーカー規制法違反容疑で逮捕していた。 春川さんは昨年12月25日、付きまといを八王子署に相談。同日、春川さん宅周辺にいた容疑者を同法違反容疑で逮捕。容疑者が乗ってきた車からナイフが見つかり、今年1月8日に銃刀法違反容疑で追送検、15日に春川さんへの盗撮容疑で再逮捕した。29日に規制法に基づく禁止命令を実施。容疑者は30日に略式起訴され、釈放された。罰金80万円を支払った。 警視庁に避難を促された春川さんは1月5日~2月6日、親族宅に避難した後、自宅に戻った。警視庁は3月12日までに最初の相談を含め電話などで計9回接触。釈放後に異常は確認されなかったといい、警視庁の担当者は「最善の措置を取っていたと考えている」としている。
## ストーカーの心理とは?

ストーカー行為をする人の心の中では、何が起きているのでしょうか。
まず理解しておきたいのは、ストーカーの多くが「自分は相手を愛している」と本気で信じているということです。
しかし、その「愛」は健全な愛情とは大きく異なります。
心理学的には、ストーカーの感情は「愛着」と「執着」が混同された状態だと言われています。
健全な恋愛関係では、相手の幸せを願い、相手の意思を尊重します。
たとえ別れを告げられても、深い悲しみを感じながらもやがてその現実を受け入れていきます。
しかしストーカーの心理では、「相手を失うこと」が自分自身の存在の否定と直結してしまいます。
「あの人がいなければ自分には価値がない」という思考に陥り、相手を手放すことが文字通りできなくなるのです。
また、ストーカー行為に及ぶ人の中には「愛情」と「支配欲」の区別がつかなくなっている人も少なくありません。
「相手の行動をすべて把握したい」「自分だけを見ていてほしい」という感情は、一見すると強い愛情のように見えますが、その本質は相手を自分の思い通りにコントロールしたいという支配欲です。
相手が自分の元を離れるという行為は、この支配構造の崩壊を意味し、それに対して強い怒りや焦燥感が生まれます。
今回の事件でも、広川容疑者は「復縁したかった」と語っていますが、相手が明確に拒絶し、警察にまで相談している状況でなお「復縁」を求めるという行動は、相手の意思への尊重が完全に欠落していることを示しています。
これは愛情ではなく、執着であり支配欲の表れと言えるでしょう。
## なぜ相手のことを忘れることができないのか

失恋は誰にとっても辛いものです。
しかし多くの人は、時間とともに傷が癒え、前を向いて歩き出すことができます。
では、なぜストーカーになる人はそれができないのでしょうか。
1. 自己の存在意義を相手に依存している
ストーカーになりやすい人は、自分の存在価値を恋愛相手に強く依存する傾向があります。
「あの人と一緒にいる自分」にしかアイデンティティを見出せない場合、別れは単なる恋愛の終わりではなく、自分という存在そのものの喪失になります。
だからこそ、何としてでも関係を取り戻そうとしてしまうのです。
2. 「拒絶」を受け入れる心理的機能が弱い
人間には「喪失を受け入れる」という心理的なプロセスがあります。
いわゆる「悲嘆のプロセス」と呼ばれるもので、否認・怒り・取引・抑うつ・受容という段階を経て、人は喪失を乗り越えていきます。
しかしストーカーになる人は、この最初の「否認」の段階で止まってしまうことがあります。
「別れたはずがない」「本当はまだ自分のことが好きなはずだ」「邪魔している誰かがいるに違いない」と、現実を認めることができません。
3. 反芻思考にとらわれる
心理学で「反芻(はんすう)思考」と呼ばれる、同じことを繰り返し考え続ける思考パターンがあります。
失恋後、相手との思い出や「あのとき、ああしていれば」という後悔を頭の中で何度も何度も再生し続けてしまう状態です。
この反芻思考が強い人は、時間が経っても記憶が薄れるどころか、むしろ相手への執着が強化されていきます。考えれば考えるほど、相手の存在が心の中で巨大化していくのです。
4. 認知の歪み
「あの人は本当は自分のことが好きだ」「態度が冷たいのは試しているだけだ」「もう一度会えば分かってくれる」――こうした認知の歪みが、ストーカーの行動を正当化し続けます。
相手の拒絶のサインを都合よく解釈し、自分に都合の良いストーリーを作り上げてしまうのです。
この認知の歪みがある限り、相手を忘れるどころか、ますます接触を試みようとしてしまいます。
##どのような人がストーカーになりやすいのか

ストーカーは特殊な異常者だけがなるものではありません。むしろ、ある特定の心理的傾向を持つ人が、特定の状況に置かれたときに陥りやすいものです。
自己愛が強く、傷つきやすい人
自己愛が強い人は、相手からの拒絶を「自分への攻撃」として受け取ります。
プライドが高いがゆえに「自分が振られるはずがない」という思考が働き、別れという現実を受け入れることができません。
特に、表面的には自信がありそうに見えても内面では深い劣等感を抱えている「脆弱型自己愛」のタイプは、拒絶に対して非常に激しい反応を示すことがあります。
依存傾向が強い人
恋愛に限らず、特定の人間関係に強く依存する傾向がある人は注意が必要です。
友人関係でも「あの人がいないと何もできない」「一人では不安で仕方がない」と感じるタイプは、恋愛関係が終わったときに相手への執着が極端に強くなることがあります。
共感性が低い人
相手の気持ちを理解する能力、いわゆる共感性が低い人もストーカーになりやすいと言われています。
相手が「もう関わりたくない」と思っていることを理解できない、あるいは理解しようとしない。
自分の感情だけが世界のすべてであり、相手にも感情や意思があるという当たり前のことが見えなくなってしまいます。
孤立している人
社会的なつながりが希薄で、恋愛相手以外に親密な人間関係を持たない人もリスクが高くなります。
相手が唯一の心のよりどころである場合、その喪失の衝撃は計り知れないものになります。
相談できる友人や家族がいれば、客観的な視点を得て冷静になれることも多いのですが、孤立している人にはそのブレーキが効きません。
過去のトラウマを抱えている人
幼少期に親からの愛情を十分に受けられなかった経験や、過去に大切な人から突然見捨てられた経験を持つ人は、「見捨てられ不安」が非常に強くなることがあります。恋人との別れが、過去のトラウマを再活性化させ、理性では制御できないほどの恐怖とパニックを引き起こすことがあるのです。
おわりに
今回の池袋の事件は、ストーカー問題の深刻さを改めて突きつけるものでした。
ストーカー行為の根底にあるのは「愛」ではなく「執着」と「支配欲」です。そしてその執着は、自己の存在を相手に依存し、拒絶を受け入れられない心理的な脆さから生まれています。
もし今、別れた相手のことが頭から離れない、相手の行動が気になって仕方がない、もう一度だけ会いたいという衝動が抑えられない――そう感じている方がいたら、それは愛情ではなく執着かもしれません。一人で抱え込まず、心療内科やカウンセラーに相談してほしいと思います。自分の心の問題に向き合うことは、決して恥ずかしいことではありません。
春川萌衣さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
(内部リンク)
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