
はじめに
2026年5月、衝撃的なニュースが世界を駆け巡りました。大西洋を航行中のクルーズ船「MVホンディウス」で、ハンタウイルスによる集団感染が発生し、乗客3名が死亡しました。
この船は4月1日に南米アルゼンチンを出港し、南極や南大西洋の孤島を経由してアフリカ西部沖のカボベルデに向かう予定でした。しかし、感染の報告を受けたカボベルデ政府は入港を拒否。船は沖合に停泊を余儀なくされています。

船には日本人1名を含む約150名の乗客・乗員が乗船しており、現在も客室内での隔離が続いています。確認された感染者は2名、感染疑いが5名、発熱などの症状がある人が3名とされています。
WHO(世界保健機関)欧州地域事務局長は「感染が船外に拡大するリスクは低い」との見解を示していますが、確立された治療法やワクチンが存在しないという事実が、事態の深刻さを物語っています。
このニュースをきっかけに、改めて「ハンタウイルス」とは何か。
日本では第4類感染症に分類されています。
(第4類は主に“動物・昆虫などを介して人に感染する病気(人獣共通感染症)”を中心とした分類)
(新型コロナウイルスは第5類感染)

私たち医者も今まで勉強したことのない、遭遇したことのないウイルスです。
新型コロナウイルスの経験からもみんなでどう予防すればよいのかを整理しておきましょう。
まとめ
・主にネズミ(げっ歯類)から感染する
・ネズミの尿・フン・唾液などに含まれるウイルスを吸い込むことで感染する
・ヒトからヒトへの感染は非常にまれ
・「腎症候性出血熱(HFRS)」や「ハンタウイルス肺症候群(HPS)」を引き起こす
・発熱・筋肉痛・頭痛など、インフルエンザに似た症状で始まることが多い
・ 重症化すると腎不全や呼吸不全を起こすことがある
・現在の日本では患者発生は極めてまれ 、日本国内では約40年以上、大きな流行は確認されていない
・海外ではアジア・ヨーロッパ・南北アメリカなどで報告がある
・ネズミ対策や換気、掃除時のマスク・手袋着用が予防に重要
・特効薬やワクチンは限られており、早期発見と対症療法が中心
ハンタウイルスとは

ハンタウイルスは、ブニヤウイルス科ハンタウイルス属に分類されるウイルスの総称です。
主にネズミなどのげっ歯類が宿主であり、感染した動物の排泄物(糞・尿)や唾液を介して人に感染します。ヒトからヒトへの感染は基本的にまれとされていますが、WHOは今回のクルーズ船の事例を受けて「ヒト間の感染も起こり得る」との見解を示しており、油断は禁物です。
ハンタウイルスに感染すると、大きく分けて2つの重篤な疾患を引き起こす可能性があります。
1. 腎症候性出血熱(HFRS)

主にアジアやヨーロッパで報告される型で、発熱、頭痛、腎機能障害、出血傾向などの症状が現れます。致死率はウイルスの型によって異なりますが、1〜15%程度とされています。
2. ハンタウイルス肺症候群(HPS)

主に南北アメリカ大陸で報告される型で、発熱や筋肉痛から始まり、急速に呼吸困難へと進行します。こちらは致死率が非常に高く、約40%にも達するとされ、極めて危険な疾患です。
いずれの場合も、初期症状が風邪やインフルエンザに似ているため、発見が遅れやすいという厄介な特徴があります。
日本での感染は?

日本でも過去にハンタウイルス感染は報告されています。
ただし、現在は非常にまれです。
日本で問題になったのは主に、
- 1960〜70年代の大阪・梅田周辺
- 1970〜80年代の実験動物施設
での集団感染でした。
特に実験用ラットを介した感染では、全国22施設で126例の感染が報告されています。
その後、
- 飼育環境の改善
- 実験動物の感染チェック
- 衛生管理の徹底
によって、国内患者は激減しました。
現在の状況としては、
1998年以降、日本国内で患者発生は確認されていません(2025年時点)。
一方で、完全にゼロになったわけではなく、
- 港湾地区のドブネズミ
- 北海道の野生げっ歯類
などからハンタウイルスが検出された報告はあります。
また、ハンタウイルス肺症候群(HPS)の原因となるネズミは、日本には基本的に生息していないとされています。
ハンタウイルスの感染経路
基本的にヒトからヒトへの感染はしないと言われています。
主な感染経路は以下のとおりです。
- エアロゾル感染:感染したネズミの糞や尿が乾燥し、空気中に舞い上がったものを吸い込むことで感染します。これが最も一般的な感染経路です。
- 直接接触:感染したネズミやその排泄物に直接触れることで感染します。
- 咬傷:感染したネズミに噛まれることで感染する場合もあります。
特に注意が必要なのは、ネズミの糞や尿が乾燥したものをほこりとして吸い込んでしまうケースです。古い倉庫や物置、長期間使われていない建物を清掃する際には、十分な注意が必要です。
ハンタウイルスの予防策
現在、日本ではハンタウイルスに対するワクチンは利用できず、確立された特効薬もありません。予防の基本は「ネズミとの接触を徹底的に避けること」に尽きます。具体的には以下の対策が有効です。
住環境の整備
- 食品は密閉容器に保管し、ネズミを引き寄せない環境をつくる
- 家の壁や床の隙間、穴をふさぎ、ネズミの侵入経路を遮断する
- ネズミ取りや殺鼠剤を適切に設置する
- ゴミは蓋つきの容器に入れ、定期的に処分する
安全な清掃方法
ネズミの糞尿が疑われる場所を清掃する際は、特に注意が必要です。
- 清掃前に窓を開けて十分に換気する(最低30分以上)
- 掃除機やほうきは使わない(ウイルスを含むほこりを舞い上げてしまうため)
- 漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)を薄めた液で汚染箇所を十分に湿らせる
- 使い捨て手袋を着用し、湿らせたペーパータオルで静かに拭き取る
- 布マスクではなく、微粒子対応(N95等)のマスクを着用する
- 使用後の手袋やペーパータオルはビニール袋に密封して廃棄する
アウトドア活動時の注意
- キャンプや登山の際、テント設営前に周囲にネズミの痕跡がないか確認する
- 食料は密閉容器に入れ、テント内に放置しない
- 山小屋やキャビンに入る際は、まず換気を行う
ハンタウイルスで亡くなった有名人
ハンタウイルスが世界的に大きな注目を集めたきっかけの一つが、2025年のジーン・ハックマン一家の悲劇です。
アカデミー賞を2度受賞した米俳優ジーン・ハックマン(享年95歳)の妻、ベッツィー・アラカワさんは、2025年2月にハンタウイルス肺症候群により亡くなりました。そしてハックマン氏本人も、妻の死からわずか1週間後に自宅で亡くなっているのが発見されました。ハックマン氏の死因は「高血圧性および動脈硬化性心血管疾患」とされ、アルツハイマー病も重要な要因であったと報告されていますが、妻がハンタウイルスで命を落とした直後の出来事であったことから、世界中のメディアが大きく報じました。
この事件をきっかけに、アメリカでは同時期にカリフォルニア州でもハンタウイルスによる死亡例が3件確認されるなど、ハンタウイルスへの関心と警戒感が急速に高まりました。
また、2012年にはカリフォルニア州ヨセミテ国立公園のカリービレッジにあるテントキャビンに宿泊した4名がハンタウイルスに感染し、うち2名が亡くなるという事例も発生しています。
おわりに
ハンタウイルスは、日常生活では馴染みの薄いウイルスかもしれません。しかし、今回のクルーズ船での集団感染が示すように、いつ、どこで私たちの身に降りかかるかわからない脅威です。ワクチンも特効薬もない以上、「ネズミとの接触を避ける」「正しい方法で清掃する」という地道な予防策が、自分自身と家族を守る最も確実な方法です。
特に、古い建物の片付けやアウトドア活動をする方は、ぜひこの機会にハンタウイルスの存在を意識し、適切な対策を心がけていただければと思います。
(外部リンク)
- Yahoo!ニュース – クルーズ船でハンタウイルス感染
- 厚生労働省 – ハンタウイルス肺症候群
- FORTH – ハンタウイルス感染症
- NBC News – Gene Hackman died a week after his wife died of hantavirus
- NPR – Gene Hackman died of heart disease, his wife died of hantavirus
- 日本経済新聞 – クルーズ船でハンタウイルス、3人死亡
(内部リンク)
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